東京土建品川支部

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9月15日高齢者集会

~2年振り137名が健康について学ぶ~

二葉分会 高尾テイ子

 

 9月15日(月)、南部労政会館において、高齢者集会が137名の参加で開催しました。
 荏原保健センターの三浦さんによる「健康長寿で過ごす」では、偏った食事をせず、肉・魚・野菜・乳製品・果物を加え、バランス良く食べて、体力をつけ、社会との繋がりを持ち、元気で楽しく過ごすことが必要と話されました。
 続いて、健康大学品川「口楽縁」の皆さんによる「若さと元気はお口から」では、まず、顔の運動をし、唾液が出るかを確認しました。出れば健康であるとのことです。
 口内を清潔に保つことが健康への道なので、うがいをしたり、唾液を出すよう心がけましょうとのことです。
 どちらも分かりやすく話していただき、一日でも長く実践しようと思いました。

健康大学品川「口楽縁」のみなさん

健康大学品川「口楽縁」のみなさん

137名が参加しました。

137名が参加しました。

 

いっぷく

いつまで続く兄弟会

豊越分会 河崎 榮

 貧乏人の子だくさんと言われるように、私は8人兄弟の4番目として新潟の農家に生まれ、中学卒業と同時に品川区に大工の見習いとして上京し、現在も現役で頑張っています。
 昭和38年、上京してから4年目、初めて帰省が許され、12月30日上野駅のテント村の行列に並び、出発は夜になり、湯沢駅で、大雪の為に列車が止まってしまい、翌日の31日長岡で乗り換え、柏崎まで行くのが精一杯で、当時の国鉄が用意した旅館に集団で元旦を迎えることとなり、その日に雪が止みました。
 しかし、列車は運休、目的地まで、約40キロ歩くしかなく初めは多くいた仲間も、段々と少なくなり、同郷の者は2名となり、午後3時過ぎに実家に到着、ようやく親兄弟と再会できました。
 その親も今はなく、兄弟もそれぞれ所帯を持ち、会うことが少なくなったが、だれ言うともなく、兄弟会の話がまとまりました。夫婦同伴で全員がそろったのは、13年前の第1回の時だけで、81歳の長男から60歳の妹まで健在ですが、2人の連れが亡くなり、みんな足腰が弱ってくる年齢になり、電車移動の時も、ホームまで迎えに行く有様です。
 みんなの居住地も、新潟・東京・神奈川・茨城・愛知と、点在しており、全員が都合の良い日などあるはずもなく、最近は、幹事が独断で決め、全員集合が難しくなってきました。
 8人が揃って生活をしたことがありませんが、同じ屋根の下で育った時間の差は関係なく、共通する話題は多く、毎回同じ方向に話が進んでいきます。
 長男が妹の授業参観に来たこと、親が入院した時の看病の順番、春の山菜取り、秋の栗拾いやきのこ狩り、あの山この沢など懐かしい話に華が咲き、カラオケ組が合流して深夜まで盛り上がりました。
 子供の頃は、貧乏であることを恨みましたが、今も変わりなく、皆と会う楽しみが増えることを望んでいます。
 「人生楽しむために生まれてきたんだ」と教えられたことがあります。兄弟はもちろん、地域の人々、組合の仲間との絆を大切に、健康第一長寿を祈る日々です。

 

ぶらり品川97

品川の神社・地蔵・道標

路傍の仏様

中延分会 関島 幸吉

 

 その観音様は、西中延1丁目10番6号におわして、地域の尊崇を集めています。一見したところ、一坪半程度のお堂の中に、もう一体の観音様と鎮座して、静かに通る人たちを見守って穏やかな温顔をたたえておられます。
 大分前には、付近に「矢ノ橋会」という会があって、お祭りなども催されていたようですが現在はどうなっているのかは分かりません。
 お若い頃、品川区役所で、電話による「人生相談」されていた「荒井良子さん」また、三十才代には、市電のただ一度だけ行われた「花電車」を運転した方、何しろ大分以前の記憶なので、失礼ながら、お名前を忘れてしまった方々は亡くなられてお聞きする術もありません。
 お堂には、仏様が二体あり、主尊と思われる観音様はどなたが寄進されたか赤い前掛けをつけておられます。
 また、すぐ近くを五反田からの旧池上道と言われる古道もあり、歴史を感じさせるところでもあります。このような路傍の仏様もだんだんと姿が少なくなり、さびしいことです。

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