東京土建品川支部

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9・13 高齢者集会

~秋に向けた健康づくりを~

寅さん体操でストレッチ

シニア品川副会長 吉岡 秀一

 高齢者集会を9月13日(日)、南部労政会館にて121名の参加で開催しました。
 東京土建国保組合保健師の大山昌子さんより「秋に向けた健康づくり」について話を聞きました。
 熱中症は9月に入っても安心できないので、水分補給はのどが渇いていなくても、また汗をかいていなくてもこまめに飲むことが大切で一日1・5リットル以上飲むと良いとの事、自分はできるかなと思いました。
 また、今まで食中毒は梅雨時から9月頃が多いと思っていたが、11月~2月にも流行するとの事、二枚貝等が原因の食中毒が多く見られるそうで、生食を避け、なるべく加熱して食べるようにしたい。さらに、手洗いも重要です。インフルエンザにかからないように予防接種をし、適度な運動をして、外出後は手洗いうがいを忘れずに励行したいと思います。
 最後にみんなで「男はつらいよ」の曲にのり、楽しく寅さん体操をし、よい雰囲気のうちに閉会した。
 これからは特に、食生活の大切さと、衛生面に気を付けて過ごしたいと思いました。
 ~家庭で作るスポーツドリンク~
(1) 水コップ2杯半
(2) 塩小さじ4分の一
(3) 砂糖大さじ2
(4) レモン汁半個分程度
 試してみてはいかがですか。

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いっぷく

孫との交流

中延分会 上野山 和男

 小学2年生になった孫の隆一郎と夏休みの暑い日、地下鉄の浅草線、三田線を乗り継いで後楽園ドームの日本ハムとオリックスの試合を見に行きました。(巨人戦ではなく、残念)
 ドームの周りは夏休みの終わりに近い日だったので、子供連れがいっぱい。パ・リーグの試合にしては盛況でした。スタンドに入った瞬間、隆一郎はドームの広さと雰囲気に驚いた様子でしたが、席に座り落ち着いてからは、持参した菓子等を食べながら、選手の顔写真の入ったウチワを見て「この人は誰?」「何をやっているの?」と聞いて、楽しんでいました。試合はオリックスの勝利でした。
 孫と二人だけで出かけるのは初めてでしたが、ゼロ歳のころから我が家に泊まりに来ているので、林試の森やタイヤ公園等に遊びに連れて行きました。泊まりの時は夕食後は必ず本屋に行き、何か一冊買って帰るのが習慣になっていますが、本の傾向が年と共に変わってきており、今はスターウォーズに夢中のようです。
 孫との交流がいつまで続くのかと思っているこの頃です。

 

分会行事報告

大井分会バーベキュー大会

大井分会 宮嶋 作英

 9月13日、恒例の大井分会バーベキュー大会を品川区民公園にて、子ども2名を含め27名の参加で開催しました。
 早朝より組合員・主婦の会の皆さんで飲み物を準備したり、持参の包丁でバーベキュー用野菜の下ごしらえをしたりしました。
 10時半ごろ、分会書記長藤本武明さんから「皆さんの心がけで晴天に恵まれた。今日一日飲んで食べて鋭気を養い、一人でも多くの仲間が増えるように分会目標に向かって頑張りましょう」と乾杯のあいさつがありました。
 炭も起き上がり、焼き肉、イカ焼き、さんまの塩焼きが好評で瞬く間に売り切れ、口直しにさっぱりした野菜類や主婦の会特製漬物など、飲んだり食べたり、ビール類は用意した量がすべて皆さんの腹に収まりました。
 楽しい時間は過ぎるのが早く、2時半ごろ盛会のうちに、今年のバーベキューも終わりました。分会長を中心に仲間を増やす運動の作戦を練りながら、皆さん楽しい一日を過ごしたようです。
 本日の催しで飲みもの、食べものを用意された分会の役員の皆さん、ご苦労様でした。

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和気あいあい、楽しんだ

 

なかまの仕事

フレスコ画・漆喰のキャンバス

職人 品川分会 高橋 松雄さん

所在地 五反田ゆうぽうとホール内※

 フレスコ画は、まず壁に漆喰を塗り、それが生乾きの間に水性顔料で描く。やり直しがきかないため、高度な計画と技術力を要す。
品川分会 髙橋 宏
※9月30日をもって営業終了のため、現在見ることは出来ません。

 

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ぶらり品川 その(109)

品川の神社・地蔵・道標

品川神社

南品川分会 菅原 和子

 今から八百年ほど前の、平安末期文治三(1187)年源頼朝が洲崎神社(現・千葉県館山市の洲崎神社)の天比理之口咩命(あめのひりのみこと)をお迎えして海上交通安全と祈願成就を祈られたのを創始とします。その後天応元(1319)年二階堂道蘊(どういん)公がお稲荷様を、さらに文明十(1487)年に大田道灌が素盞嗚尊(すさのおのみこと)(大王様)をお祀りしました。慶長五(1600)年徳川家康が関ヶ原の戦勝を祈願し、祈願成就のお礼として仮面「天下人嘗(ひとなめ)の面」と、のちに勝海舟が名付けたとされる「葵神輿(品川区指定有形文化財)」を奉納しました。面は一年で最も大きな六月の例大祭で神輿の屋根につけて渡御が行われ、無病息災が祈願されます。
 明治元(1868)年には明治天皇が品川神社を含めた都内の十の神社を「準勅祭神社」と定められ御勅使参拝され、新都(東京)の安寧と国家繁栄を祈願されています。社殿は元禄七(1694)年嘉永三(1850)年の二度焼失しましたが、徳川将軍家の庇護のもと再建され、また戦災は免れたものの老朽化により昭和三十九年氏子の協力で現在の社殿が再建されました。
 石造りの大鳥居をくぐり五十三段の急な石段を上ると開けた境内の奥に社殿があり、社殿に近い石造りの鳥居は慶安元(1648)年三代将軍徳川家光の側近、堀田加賀守正盛によって奉納されたもので石柱にその名が刻まれ、都内でも上野東照宮の鳥居に次いで古いと云われています。(品川区指定有形文化財)
 五十三の石段の南側にそびえ立つ品川区指定有形民俗文化財は、明治二年から同五年にかけて作られたもので頂上からの眺めは今でこそたくさんのビルが建ちよくありませんが、その当時は西に富士山が、東に今で云う東京湾が一望されたすばらしいものだったと想像されます。

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