東京土建品川支部

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3・22 労働保険説明会

万一の事故に備えを

説明会のようす

説明会のようす

 3月22日(月)、支部会館において、「労働保険新規・年度更新説明会」が開催されました。
 主な内容は、(1)ビデオ上映「労災保険の機能と役割」、(2)基調報告、(3)年度更新説明、(4)災害補償制度(請負賠償責任保険)です。
 ビデオでは、事故例をもとに、労災事故の正しい対応や補償内容が紹介されました。
 事故が起こってからでは遅すぎます。事故を予防する安全対策・万一の事故に備えた労働保険加入・現場の賠償責任保険加入は必須です。
 自身の状態を見直すことはもちろん、労災に加入していない仲間がいたら、ぜひ加入を勧めましょう。
 労災加入のご相談は、組合事務所までご連絡ください。

 

3・20 第13回シニア品川総会

「老後を健康に過ごすために」講演

シニア品川会長 吉田吉末

 

総勢74名が参加

総勢74名が参加

 3月20日に中小企業センター大会議室で第13回シニア品川の定期総会を、79名の参加で開催しました。健康教室では、山藤愛子保健師より「老後を健康に過ごすために」をテーマに講演がありました。一日三食の食事をとる、ゆっくり食べる。そして、野菜、肉、魚、豆類をしっかりとると脳の活性化につながり老化を防げるそうです。あとは、毎日歩くこと。体操などで足腰の筋肉をつけることも、健康長寿につながり、老後を元気に過ごせると思いますので頑張りましょう。講演後、活動報告、会計報告があり、その後新役員の改選で13年間事務局長を務めてくださった関島さんが退任されました。長い間ご苦労様でした。午後からは懇親会となり、ビールで乾杯し、お弁当と酒で盛り上がり、無事に終わりました。

 

第52回主婦の会総会

後継者の育成が課題

主婦の会副会長 渡邉惠路

 

新役員のみなさん

新役員のみなさん

 3月12日(土)、品川区中小企業センターで、第52回主婦の会総会が開催されました。薄曇りの肌寒い日にも関わらず、総勢51名の出席でした。大橋会長、関口副執行委員長のあいさつの後、活動経過報告、次年度の方針、提案と議事が進行しました。久田副会長のがんばろう三唱で無事閉会しました。
 その後一階のレストランKURAにて昼食を兼ね懇親会を行いました。楽しく和やかに歓談し、有意義な総会となりました。主婦の会も後継者を育てつなげていけるような取り組みが必要です。六十周年に向けて歩き出しましょう。

 

いっぷく

草津へ家族旅行

豊越分会 畠山郁子

 

草津の名物「湯畑」

草津の名物「湯畑」

 草津よいとこ一度はおいでと唄われている草津温泉に、主人、母、息子、孫と総勢7名でお正月に出かけました。途中手打ちそば屋さんで昼食、群馬名物のこしのある麺と熱々の舞茸の天ぷらに舌鼓を打ち、一路草津へ。
 日本の名湯第一位に選ばれている温泉だけあり、お湯の中では肌がつるつるしていました。
 町の中心にある自然湧出量日本一の湯畑の散策、湯畑のそばでは湯もみの体験を見たり、温泉まんじゅうを試食したり…それにしても中国人観光客の多さにびっくりでした。スキー客でにぎわう国際スキー場、西の河原公園、公園そばの片岡鶴太郎美術館で優しい絵を見たり、一日のんびり過ごしました。初めて雪を見た孫は大喜びでしたが、名物からっ風には閉口していました。
 三日目は、木骨レンガ造の繭倉庫や操糸場が残されている世界遺産富岡製糸場に寄りました。製糸業の近代化に貢献した産業遺産です。高価な絹のスカーフを横目に絹の石鹸をお土産に帰路につきました。
 日帰り温泉もあり、温泉好きにはお勧めの草津でした。

ぶらり品川 その(114)

品川の地名・人物

「御殿山(その1)」

品川分会 髙橋宏

削られた御殿山

削られた御殿山

 1460年ごろ、大田道灌が北品川3~5丁目にまたがる高台に、江戸城に移る前の一時期居城を構えた。やがて徳川の世になると、そこに「品川御殿」と呼ばれた別荘が建てられ、茶会や鷹狩りの休息所として利用された。以来この地域を御殿山と呼ぶようになった。「品川御殿」は1702年の大火で焼失したが、南品川の天妙国寺の五重塔もその時焼失したという。
 1660年ごろから桜が移植され、品川の海を背景に六百本の桜の眺めが楽しめる一大観光地であった。
 幕末期になると、黒船来襲に備え、台場建設用の土砂を採るため、北品川3丁目あたりがごっそり削られた。また1863年には幕府が御殿山に建設中の英国公使館が完成まぢかで焼き討ちされる事件も起きた。当初犯人は不明だったが、明治になって当人たちの自慢話から犯人が明らかになった。隊長高杉晋作、副隊長久坂玄瑞、火付け役井上馨、伊藤博文等々であった。
 そして明治期には東海道本線用の切り離しが作られ、御殿山は分断された。さらに大正期にも事件は起きたが、それは次号で。

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