東京土建品川支部

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5・22 後継者バスハイク

ツインリンクもてぎ&じゃがいも堀り

  5月22日(日)、後継者対策部主催でバスハイクを開催しました。20代から40代の組合員・家族と、現役子育て世代・家族を対象に、大人36名、子ども26名の総勢62名で、栃木県・茂木方面へ出かけました。
 全員で楽しい時間を過ごし、親睦を深めることができました。

 

空中散歩 楽しかった

旗中分会 津田 綾花

 ツインリンクもてぎでは、メガジップライン「つばさ」をしました。少し怖かったですが、空を飛んでいるみたいで楽しかったです。
 お昼ごはんはバーベキューでした。お肉や焼きそばでお腹いっぱいになりました。ご飯を食べてからはまた少し遊んで、その後、バスで移動してじゃがいも掘りをしました。家族や土建の友達と楽しい一日でした。

 

モトレーサーにチャレンジ

大井分会 大倉 駿之介

 今日はパパとママとどけんの人とツインリンクもてぎにいきました。モトレーサーにのってライセンスカードをもらいました。バーベQもいっぱいたべました。ソフトクリームもたべました。コーラものみました。それからじゃがいももたくさんとれました。たのしかったです。
 またいきたいな。

 

いっぷく

コヒガンザクラ

品川分会 木村 京子

 4月11日、夫の所属する土建の友人に誘われ、私も同乗させていただき、高遠のコヒガンザクラを鑑賞してきました。城の近くに来ただけで吉野桜より少し色も濃く、小ぶりな花が山を背に、そこ狭しと一帯に広がる姿は雄大でした。
 1500本あまりのタカトウコヒガンザクラという品種のみで城址を埋め尽くしているので、一度は鑑賞しておきたいと常々思っていましたので、私の心に思い出としてしっかり刻まれた大切な一日となりました。

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可愛らしいコヒガンザクラ

 

熊本地震~仲間を思って~

南品川分会 清水  剛

 昨今の自然災害を知り、感情的に熊本に行った。
 4月14日。益城町を震度7の地震が襲ってから、16日の本震以降も度重なる強烈な地震が熊本へ集中していた。
 私は震源地付近の悲惨な現実をただニュースで見ているのが嫌だった。
 公私共に歩む同業者の先輩が困っていた。
 14日。共に東京で過ごしている時に、熊本地震が襲った。家族は無事だったが、まわりは酷い状況だ。水もガスも電気も使えない。屋根は崩れ落ち、震源地は家屋の倒壊が進む。

なんとか、熊本に帰って数日での本震

 「仲間が完全に被災した。」幸い命に別状はなかったし、その家族も無事だった。
 私は、仲間の顔が見たい、仲間に食糧と生活必需品を届けたい、その感情のみで熊本に向かった。
 ライフラインが整うまではスピード勝負。18日に現地に入った。心配をよそに既に仲間は自分のことより、もっと困っている人たちを助けている。ならば、と。
 私たちは全国の仲間から集めて頂いた支援物資21t分を陸路で避難所へ届けてまわった。
 車6台で2日間。熊本滞在は4日。車中泊で過ごし、2日間は物資配給、2日間は400名近くの避難所で山形の仲間と炊き出しを行った。
 行政の管理下にある指定避難所はすでに物資の配給が整い、最低限のライフラインは保たれていた。
 私たちは民間の避難所や老人施設などを手分けして探しまわり、あきらかに物資が足りていない場所を中心にまわった。
 物資に関してはその日、その日、必要な物が変わる。その日が勝負。どれだけ必要な場所に必要な物を集められるか。
 被災されたお年寄りや子供たちは行動範囲も限られる。
 その時、その一瞬の正しい状況判断がその日その日に求められる。これが被災するということなのだろう。

避難所はプライバシーなどない

 これから求められることは避難所生活を余儀無くされる方々の早急なプライバシーの確保だろう。あまりにも普通でない生活が突然始まってしまうのだから。
 熊本の1日も早い復興を願います。この度の地震により奪われてしまった尊い尊い命に心より、心よりお悔やみ申し上げます。被災され避難所生活を余儀無く送る皆様へ心よりお見舞い申し上げます。
 私たちは継続して熊本支援を進めてまいります。
 自然災害はあまりにも過酷。そして非道。
 次は私たちかもしれません。十分な心構えを。

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炊き出しのようす

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物資を運びこむ

 

「小型移動式クレーン運転技能講習」

八丈島

 5月20日(金)から22日(日)にかけて、八丈島にて「小型移動式クレーン運転技能講習」を開催しました。
 今回の講習は、学科(座学)2日、実技1日の計3日間の日程でした。
 学科、実技とも受講者は皆真剣に講義を受け、3日目の実技講習ではクレーン車7台を準備して、朝8時から1日かけて講習を行いました。
 今回は、五反田分会の澤幡活寿さんが実技のインストラクターとして講習に参加するとともに、八丈島分会の組合員の方たちにも、講師・インストラクターとして講習に参加してもらい、69名の受講者全員、無事に修了することが出来ました。

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実技のようす

 

ぶらり品川 その(116)

戸 越

豊越分会 河崎 榮

 永禄2年(1559)の小田原衆領役帳に戸越村梶原分とある所から、室町時代末期から開かれた村であったことがわかります。
 戸越の地名は2通りあり、(1)谷戸越(やとごえ) 戸越村は東西に長く台地状の地形でその真ん中に東西に谷筋が走っており、その谷戸を越えたところに鎮守社が在している。村の中心となる集落と鎮守社の場所がほぼ一致するところから地形から名付けられたとする説(2)「江戸越えて清 水の上の成就庵願いの糸のとけぬ日はなし」、古歌の江戸越えから出た説。
 どちらをとるかは読者にお任せするとして、その「戸越」を冠した戸越公園について紹介します。
 寛文2年(1662)、肥後熊本藩の分家熊本新田藩主細川利重の下屋敷として拝領、数寄屋造りの御殿や庭園からなる整備された屋敷地の一部でした。文化3年(1806)、石見浜田藩松平周防の屋敷となり、さらに伊予松山藩松平隠岐の守の手に渡り、明治の変革でも何人かの手に渡り、昭和7年(1932)9月、当時の所有者の三井家が学校用地として現在の戸越小学校、都立大崎高校を含む別邸の庭園部分を荏原群荏原町に寄付した後、一部が大崎高校となるなど変遷を経て、現在の公園部分が品川区に移管されました。
 その後、区では数次にわたり改修を重ね、歴史的な風情を復元させ、武家屋敷の雰囲気を醸し出すよう正門の薬医門をはじめ施設の再整備を行い、現在に至ります。
 18255㎡の敷地、池を中心とした回遊庭園、四季を通して楽しめる花々、内外からの利用者も多く、ラジオ体操、ゲートボール、植木市、分会でも住宅デーや花見等多く利用しています。

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戸越公園の薬医門

 

 

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