東京土建品川支部

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平和特集 語り継ぐ戦争体験

満州から命からがら引き揚げ

品川分会 稲垣 陽子

 私は中国で昭和16年2月に生まれましたが、その年の12月に日本軍がハワイを攻撃して太平洋戦争になり、日本の国はアメリカから4年のあいだ攻撃され続け、たいへんなことになっていたのです。そして、中国では、日本が終戦になったこともしらず、生活をしていたら、ロシア軍が満州に入り込み、攻撃を始めたそうです。
 日本人の私たちは死にものぐるいで逃げ回り、国際赤十字社の施設に保護され、貨物船に乗り、日本の舞鶴港に帰ってきて、引き揚げ者になりました。
 当時の田中総理大臣が日中国交を成立し、その後、中国にたくさんの残留孤児がいることを知り、初めて母親に聞きました。
 「どうして」と。
 大人たちは、日本に生きて帰れないと思い、子供だけは生きていてほしいと願い、中国人に預けたそうです。私たちはどうして帰ってこれたのと聞きましたら、父の勤めていた会社の人達が連れてきてくれたということでした。(父親は19年ごろに兵隊で内地勤務でしたので、終戦の時は日本にいたそうです。)母は、中国に兄と私をおいて帰りたくない一心で、一緒に死ぬ覚悟だったと云っていました。終戦から1年後に順番が来て、船に乗れたそうです。
 私自身、あまりよくわからず、母親の話だけです。運がよかったのですね。
 最後に。戦争反対、憲法9条を守ってほしいです。

 

いっぷく

孫との休日

南品川分会 櫻井 守

 私には小学一年生になった男の子の孫がいます。二年前までは同居していましたが、近くに住まいを購入して転居しました。それまで賑やかな生活でしたが、孫もいなくなり、心に空洞が出来たような寂しさと、また娘夫婦がステップアップしてくれてホッとした気持ちが交錯していました。
 しかし、孫から「じいちゃんのところに泊まりに行きたい」と連絡が入るようになり、私が日曜日休めるときは土曜夕方に迎えに行き、二人で夕飯を食べたり、一緒に寝たりしています。孫は今メダカ捕りとザリガニ釣りに夢中で、朝起きると「じいちゃん、今日どこの池に行く」と声をかけてきます。朝食を済ませ、さっそく網と釣竿をもって池に向かいます。近くに池は三か所あるが、大体スポーツの森公園の池に決まります。
 3~4時間遊び、獲物がいっぱい捕れた頃を見計らい、「もう帰ろうか」と声をかけるまで、孫は夢中でいます。帰る途中、スポーツセンターの中にあるレストランに寄り、孫はうどん、私はビールとカレーをいつも注文します。孫がうどんを美味しそうに食べているのを見ながら飲むビールが特別に旨く感じられます。このように至福の一日があと何年出来るのか時々思います。

 

第4回 NA・TSU・KO

 7月28日(金)、中小企業センターにて第4回「NA・TSU・KO~仲間とつながる交流会~」を開催しました。43名の仲間が参加し、食事やビールを楽しみながら、2時間あまり交流しました。

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シニア品川恒例 7月9・10日

松本・飛騨高山方面一泊旅行

初のバス2台で開催

豊越分会 松永 静枝

 今年のシニア旅行は7月9日、10日に初めてバス二台、66名の参加で行われました。戸越を出発して神奈川、山梨、長野県と中央高速を通り、松本城へ。北アルプスの山々をバックに600年前に築城された姿そのまま風格がある雄姿でした。その後、緑の山々を走り、安房トンネルを抜け、岐阜県へ。飛騨の各地から集められた合掌造りの家や生活用具など昔懐かしい風景の飛騨の里へ立ち寄り、髙山グリーンホテルに一泊しました。
 翌日は徳川幕府郡代役所であった髙山陣屋を見学、その後古い街並みや朝市など思い思いに見学や買い物をしたり、食べ歩きと散策を楽しみました。
 最後に櫻山八幡宮の屋台会館へ。23台の屋台のうち、4台が展示されていて、匠の手によりつくられた屋台に塗りや彫刻、金具、織りなどが飾られた優雅で美しい物でした。春秋の大祭は、全部の屋台が街に繰り出されるとの事、その時にぜひ行きたいと思いました。帰りに高井戸で追突事故があり、渋滞に巻き込まれましたが、少しの遅れで到着。バスの中でクイズやゲームなど楽しませてくれた書記局、シニアの役員の皆さんに感謝です。

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最高人数での実施となりました

 

ぶらり品川 その(129)

品川の地名・人物 戸越の移り変わり

豊越分会 穂積 秀夫

 地下鉄戸越駅を出て、第二京浜を戸越三丁目方面へ行き、交差点を左に曲がると、都立大崎高校へ突き当たります。学校から左手に区立戸越体育館、交番と大きな広場が目に入ります。そこは、「文庫の森」です。
 「水辺の広場」「憩いの広場」「陽だまりの広場」「旧三井文庫」のゾーンに分かれています。遊具のない広場、自然と触れ合い、遊べる公園です。四季折々の木々や花々、散策している人、親子連れや会話を楽しまれている人と、様々な方が訪れています。
 隣接には、細川家下屋敷跡の戸越公園もあります。戸越八幡坂通りに入ると戦前からの家屋、昭和31年に開院した歯科医院も現存し、古い面影がなつかしく感じられます。戸越商店街も、昭和の時と変わり、大きな下水管、電柱も地下に埋設され街並みも整備され、美しい商店街になりました。レトロなお店もなくなり、ビルが連立し、新しい街になっています。週末には地元のみならず、他方から、スマホ片手のお客があふれ、今も昔も変わりない活気に満ちた戸越銀座です。

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文庫の森

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