東京土建品川支部

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第13回 分会対抗ボウリング大会

2.25 世代を超えて交流

大人も子どもも楽しんだ

中延分会 宮下 鉄弥

 品川プリンスボウリング場にて開催。毎年行われているボウリング大会ですが、今年で13回目となりました。慣れ親しんだ顔ぶれや初参加の方々、大勢参加して下さいました。また、子ども用のレーンもありましたが、お子様方の楽しそうに球を転がす姿が印象的でした。
 懇親会では、タワーにある中国料理「孫悟空」へ。こちらの料理は格別においしく、ボウリング後の楽しみのひとつです。笑顔や声援があり、和やかに表彰式が行われていました。優勝した品川分会の方々、おめでとうございます。
 大会という名目ではありましたが、楽しく他の分会の方々とお話しさせていただきました。
 このような場をこの先継続し、盛り上げていけるように組合員の一人として努めていきます。

 

〈大会結果〉
団体戦
優勝  品川分会
準優勝 西品川分会
三位  大井分会

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優勝した品川分会

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好プレーにもりあがる

 

いっぷく

文庫の森

豊越分会 松永 静枝

 江戸時代、熊本藩の下屋敷だった広大な土地が明治維新で、戸越公園、戸越小学校と、高い塀に囲まれた三井財閥の屋敷となりました。近くに住む者には何も見るところが出来ない場所でした。
 戦後、財閥が解体され文部省資料館となりましたが、資料館が八王子に移ることになり、その跡地を品川区が買い取り「文庫の森」が整備されました。高い塀が取り除かれ、広々としたその半分に芝が引かれ、天気の良い時は保育園の子どもたちが自由に遊び、週末には若いお父さん、お母さんが子供たちと芝生の上でボール遊びなど思い思いに楽しんでいます。また、公園外側に遊歩道があり、散歩したりジョギングしたりもしています。4月には残されている十数本の桜の木が満開になり、お花見をする人が大勢集います。
 歴史によって変化したこの場所が今素敵な空間になっています。近くにくることがあったら一度立ち寄ってみてはいかがですか。

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文庫の森の池

 

分会新年会報告

今年も頑張る決意

品川分会 髙橋 宏

 2月10日に新年会を開きました。参加者は年々少しずつ増えていますが、今回は18名の参加を得て、新組合員も3名参加しました。
 今年も年間実増を目指して頑張る決意を固めました。

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新年会のようす(品川)

 

一泊旅行で湯河原へ

後地分会 佐布 繁男

 2月の三連休初日の10日、4年ぶりに親睦を深めるため、11名で9時に湯河原温泉へ出発しました。渋滞もなくホテルへ。初日は、チェックインし、荷物を置いて昼食を食べて早々、温泉三昧。2日目、近くの万葉公園を散策、アップダウンの階段に皆四苦八苦。昼食を食べて2時にホテルに戻るも、大渋滞で帰りのバスに乗り込むまで2時間も遅れるハプニング。その間、ホテルの無料カラオケで皆で時間をつぶし、8時頃には帰宅できました。何もかも笑える意味で楽しい新年会になったと思います。

 

仲間を一人でも多く

二葉分会 飯村 秀治

 去る2月10日、新加入組合員と加入に貢献して頂いた方を招待して、総勢20名で行いました。
 和気あいあいと楽しい時間はあっという間に2時間が過ぎ、新年会も終了の時間となりました。
 普段は忘年会を行いますが、今年度は組合70周年・支部60周年と記念行事が続いたため新年会とし、幸運にも分会増勢で行うことが出来ました。
 私の分会長としての任期は今年度までですが、新年度からは新しい分会長の下、来年度も組合員を一人でも増やしていきたいと思います。

 

新規加入者とも親睦深める

小山分会 細谷 はな子

 今年は2月3日の節分に行いました。中川分会長の乾杯で始まりです。お刺身、焼き鳥、ちゃんこ鍋、飲んで飲んで沢山食べて参加した人は20人も。これは福は内。多くて嬉しいことです。
 また、今回は新しい組合員さんの参加がありました。この方が楽しい方で飲む方もおしゃべりも、以前からの友だちみたいでいつものメンバーを大いに喜ばせてくれました。現場の苦労や仕事の情報や組合のことも、話もはずんで大いに盛り上がり、親睦を深められて大成功でした。

 

ぶらり品川 その(135)

品川の地名・人物 伊藤博文と品川

西品川分会 石谷 教治

 初代内閣総理大臣伊藤博文は、22歳の時に、高杉晋作、久坂玄随らと、北品川の土蔵「相模」に逗留後、文久2年(1862年)12月12日、御殿山に建設中だった英国公使館を焼き討ちし、焼失させた。明治40年1月、伊藤が中心になって作った大日本帝国憲法を審議した場所、赤坂仮皇居(明治6年旧江戸城内の皇居が火災に遭い、明治22年まで現在の赤坂御用地内に仮皇居を置いた)の会食所を撤去するにあたり、明治天皇は伊藤の憲法制定の功績に対してこれを下賜し、同時に移築費用2万1000円も添えられた。伊藤は荏原郡大井村(現在の大井三丁目)に会食所を移築し、恩賜館と名付けると共に、隣に別邸を建てた。明治42年10月26日に、ハルビン駅で暗殺された伊藤は翌年大井別邸の近く、大井町大字谷垂(現在の西大井六丁目)に葬られた。伊藤の政治活動の出発点ともいえる場所とその永眠の地が共に品川区域にある。昭和7年、大井町が品川町、大崎町と共に、東京35区の一つ、品川区となった際、墓所のある大字谷垂と富士山を眺めたといわれる大字篠谷(しのやつ)は大井伊藤町となった。昭和11年、伊藤小学校が開校した。

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