東京土建品川支部

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平和特集 語り継ぐ戦争の記憶

軍事郵便が伝える戦争

教育宣伝部長 野村 和好

 7月15日、建設プラザ東京にて第2回教宣部会が開催されました。午前と午後にそれぞれ講演があり、衝撃を受けた元専修大学教授・新井勝紘氏による「戦場からの『命の便り』を読む・軍事郵便にみる兵士の精神史」についてお話ししたいと思います。

軍事郵便をご存知ですか

 軍事郵便は、ヨーロッパから始まり、兵士の士気高揚にも繋がり、軍部も率先してそれを促しました。日本では明治の日清日露戦争から始まり、日露では前の日清に比べて30倍以上の配達量でした。それだけ日本全国あらゆるところから国民が徴用された、大掛かりな戦争であったことが分かります。さらに、日中戦争・アジア太平洋戦争時では、その比ではありませんでした。
 参加者が実際の軍事郵便はがきを手に取って、講演が始まりました。当時としては、はじめての海外体験で異文化の地である事から、郵便を受け取った銃後(一般国民)の家族の回し読み、その返事を受けた戦地で仲間との回し読みと、士気高揚にも一役を買ったことは事実でありました。戦况が劣勢になると、郵便で兵士の身の安全やら、リアルタイムでの戦地の情報、本土にいる妻子や両親への思いを寄せるもの、もちろん検閲がありましたから、のり弁状態にならないように、創意工夫が見られました。日付・場所・部隊や自分の行動・上官や仲間の中傷はご法度であるため、真っ赤なハイビスカスの絵を描いた葉書を送って、フィリピンにいることを知らせたり、文章に強弱をつけたり、ときおり命令調や喋り言葉にしたりして、行間を読み取らせたものでした。

戦争の悲惨さを伝えるもの

 ただ、最後に紹介された手紙は、様子が違っています。上海市の「銭家草」と呼ばれる集落で、残敵掃討や鉄道警備の治安を担当していた歩兵中隊が昭和13年に行った掃討作戦で、その内容たるや、地獄絵を思わせる惨状で、女性・子どもを除く60数名に自分達で穴を掘らせた後、銃剣で殺傷した事を、作戦に参加した兵士が、その全容を写した46枚の写真と一緒に内地の家族に宛てた軍事郵便で、よく検閲を通過することができたと思うものでした。
 リアルな情景描写のため、講師に途中で止めてくれと言いたいぐらいのものでした。手紙は、その兵士が隊に戻り、風呂に入り、夕食のメシが美味しかった事、でも夜にはいろいろなことが頭に浮かんで眠れなかったと締めくくられていました。
 ためらいながらも武勇を誇っての家族への手紙なのか、悲惨な戦争を家族へ伝えるための手紙なのかは、よく分かりません。しかしながら、日本人のひとつの歴史的な資料として、この軍事郵便は大変有意義なものであります。

残された大切な家族の歴史

 最後に、ご家庭のタンスの片隅にこの軍事郵便があるかもしれません。戦争体験者が少なくなる中、不要な物、きたない、虫が食っている、触りたくない、読みたくないなどと言わず、大切な家族の歴史でありますから、大切に保管して下さいと話がありました。

 

怨念渦巻くインパール

教宣部副部長 髙橋 宏

 NHKは2017年8月15日、「戦慄の記録インパール」と題して太平洋戦争末期の一作戦を特集した。
 以下にこれを視聴した小生の感想を述べたい。
 1942年1月イギリス領ビルマ(今のミャンマー)を制圧した日本軍は、1944年3月、敗走したイギリス軍が拠点とした、隣接するインドの都市インパールの制圧を目指して作戦を開始した。
 インパールは日本軍のビルマの拠点から470キロも離れ、途中には川幅600mの大河や密林におおわれた2000m級の山々が立ちはだかり、世界一の豪雨地帯で、そこに至る道は、トラックや大砲は分解して馬に積んで運ぶしかない、たいへんな悪路であった。当然兵たん(物資を前線に供給すること)の専門家らはこの作戦に強硬に反対した。だが、司令官らの「卑怯者、大和魂はあるのか」の一喝で斥(しりぞ)けられ、作戦は1944年3月8日実行に移された。
 作戦は三個師団9万人が3方面からインパールに迫り、3週間で制圧すること(つまり雨季前の3月中に制圧すること)、食料は3週間分だけ持参し、インパール制圧後は敵の食料を奪って食べるという信じがたい計画だった。
 だが、この短期作戦はイギリス軍に見抜かれ、戦闘は長引き、やがて恐れていた雨季がやってきた。世界一の豪雨地帯である。食料の補給など全くなく、武器・弾薬もない。イギリス軍はこれを待っていた。戦闘は大敗につぐ大敗。
 7月1日、大本営はついに作戦中止の命令を出した。銃弾を背に受けながらの敗走が始まった。
 赤痢・マラリアで動けなくなるもの、ひもじさのあまり、ゆき倒れた友軍の肉を切り出して食料にするもの、まさにこの世の地獄が始まった。
 死者3万人のうち、戦死した者1万人、作戦終了後に亡くなったもの2万人だという。
 作戦中止発表後、司令官はいちはやく部隊を離れ、任を解かれて日本に帰った。
 この報道特集には、数人の元日本兵が証人として登場する。だが二等兵・一等兵は1人もいないのが気になった。戦車に飛び込む肉薄攻撃で真っ先に命を落としたのか、あるいは食糧の分配が少なくて、先に餓死したのか、想いをめぐらしてしまう。
 その無念さを想うとき、癒されることのない怨念があの地には渦巻いているような気がする。

 ※インパール作戦とは、第2次世界大戦中の日本軍のインド進攻作戦の名称。英・印軍の死傷者1万7587人に対し日本軍は戦死・行方不明2万2100人、戦病死 8400人、戦傷者約3万人とされる。

 

国保組合加入者の「所得調査」が実施されます

東京土建国保に対する国の補助金の水準を決める重要な調査です

※所得調査の対象者(約5,400世帯)は厚労省が指定した「無作為抽出方式」で決められます。
調査内容
 2018年(平成30)年度区市町村民税(2017(平成29)年所得)にかかる課税標準額
調査方法
 調査対象のみなさまの所得情報は、情報連携(国保組合と市町村等の行政機関との間で専用のネットワークシステムを用いて、情報をやり取りする方法)により、東京土建国保で取得させて頂く予定です。
 その場合、みなさまからの書類等の提出の必要はありません。所得未申告等の理由により、情報連携で所得情報が取得できない方につきましては、別途、東京土建国保から「所得申告のお願い」等の通知を送らせて頂くことがあります。
 調査の趣旨をご理解の上、みなさまのご協力をお願いします。

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