東京土建品川支部

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八丈島分会 7/20~22

夏祭りが大盛況

3日分が1日で完売

 八丈島恒例の夏祭りが七月二十日(金)~二十二日(日)にかけて開催され、八丈島分会も分会事務所の前に、おもちゃやクジ引きのお店を出店しました。
 毎回子ども達が行列を作り、三日間で全ての商品が売れてしまう人気ぶりなのですが、今年は何と初日で三日分の商品がほぼ完売するという緊急事態が発生!「あと二日間、店をやらないわけにはいかない」と、急きょ奥山副分会長が翌日朝一番の便で東京に飛び、蔵前の問屋街で新たな商品を仕入れ、夕方帰島する強行スケジュールを決行し、何とか残り二日間を乗り切り、完売御礼の大盛況で終了しました。
 八丈島一番の夏祭りも年々出店者が減り、子ども向けの屋台も減少傾向とのこと。「初日に商品が売り切れてどうなることかと思ったけど、子ども達が喜んでくれて良かった。毎年楽しみに来てくれるので止められないね」とは、奥山副分会長。
 これからも八丈島分会の認知度を高めるだけでなく、『子ども達の笑顔のため』活動を続けていきます。

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ちょっと待ってね

 

主婦の会学習会 7・21

「アンチ・エイジング」を学ぶ

バランスが大切

主婦の会会長 津田 順子

 7月21日午前10時、支部会館3階で主婦の学習会を開催。今年度は東京土建国保組合の管理栄養士、岩崎香菜さんを講師としてお迎えし、「アンチエイジング」について学習しました。
 誰でも平等に年齢を重ね、老化も進んでいきますが、その進みを遅らせるにはどうすれば良いのか…。
 1つは、食事。腸内環境を整える。栄養のバランスを考える。朝ごはんを必ず食べる。よく噛んで食べる。
 2つめは、運動。有酸素運動で余分な脂肪を燃やす。肩や肩甲骨の周りと首の周りをほぐし、褐色脂肪細胞を活性化させる。
 3つめは、質の良い睡眠。睡眠不足は代謝が下がってしまいます。その他ストレスをためるのも良くないとのこと。
 今日学習したことを参考に、いつまでも若々しい主婦の会でいたいと思います。

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後出しじゃんけんで頭の体操

 

シニア品川・一泊旅行 7/7~8

浜名湖・舘山寺方面へ

シニア品川会長 吉田 吉末

 シニア品川一泊温泉旅行を、会員68名の参加で、舘山寺温泉へバス2台で出かけました。7月8日は、西日本方面は雨による災害で大変な時でしたが、関東ではお天気がよく暑さと闘いながら、浜松航空自衛隊エアパークを見学しました。会場には、戦闘機やヘリコプターなどが展示されていました。新居関所は江戸防衛のために建てたもので、特に入り鉄砲に出女という言葉どおり、出ていく女の人を厳しく調べたそうです。
 宿に着き、温泉に入り体を癒し、宴会ではカラオケなどで楽しく過ごしました。
二日目は、うなぎパイを作る工場見学しましたが、昔のパイより小さくなっているように感じました。味は変わっていません。龍潭寺は井伊直虎ゆかりの寺で、四季折々の花が咲き、蓮の花が出迎えてくれました。建物の中には仏像が展示され、庭がきれいで心が癒されました。
 最後になりましたが、シニアの旅行には欠かせないことがあります。それはじゃんけんマンとクイズ王です。じゃんけんやクイズに勝つと、アフラック人形などがもらえます。今回はバス二台で行ったので、じゃんけんマンとクイズ王は、大変疲れたと思います。会員の方々は、暑い中、ご苦労様でした。

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全員で

 

分会活動報告

住宅デー賑わった

二葉分会 吉田 ミサ子

 6月23日、大井町の「金の蔵」で住宅デーの打ち上げを14名で開きました。
 飲み放題食べ放題、最初に鍋料理が出て、タブレットで注文しましたが、多く残すと500円とか食べきらないと注文できない仕組みでした。
住宅デーの反省では、今までになく包丁が少なく、携帯などで連絡して呼び込みをしたり、終わり1時間前には自転車で、何軒分かの預かった包丁を持っていってあげたりしていました。
 久田さんの厚意で行ったバザーの無料販売が賑わっていました。それから、わかめも完売し、建築相談は2件ありました。

 

ぶらり品川 その(140)

品川の学校・教育機関 攻玉社学園

五反田分会 岩崎 一宇美

 東急目黒駅から一つ目。不動前駅前の高台に母校、攻玉社学園があります。
 現在は中高一貫の男子校で都内有数の進学校と言われています。
 1970年4月、私は学士入学制度を使って、攻玉社短期大学の土木科で学ぶことにしました。今はありませんが、夜間の二年制の単科専門課程で修業すると測量士補が頂けました。
 学園の開学の歴史は古く、今年で創立155年を迎えます。
 創立者は近藤真琴先生で慶應義塾の福沢諭吉先生・同志社の新島襄先生等々に並ぶ明治六大教育者の一人でした。一八六三年(文久三年)に蘭学塾を四ツ谷の鳥羽藩邸内に開き、築地海軍操練所内を経て浜松町の芝新銭座・慶應の開塾跡へ移り航海測量修練所を開設、後に短大の前身の陸地測量修練所を一八八〇年に開設をしました。
 また現在三重県鳥羽にある国立鳥羽商船高等専門学校の前身を、分校として同時期に開設しました。
 一九二五年から現在地に移り海軍志願の海軍予備科・青年科・商業学校。戦後は新制中学・高校・商業高校を発足し一九六三年に創立一〇〇年を迎えました。短大は二〇〇八年に多くの技術者を送り出して、開設一二八年目で閉校となりました。
 校名の「攻玉」は、中国儒教の思想家の孔子編纂の詩経(しきょう)から引用された「他山の石以って玉を攻むべし」で、大意は他人の誤った言行も自分の修養の助けになるとして、近藤先生の建学の精神になっています。

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